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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)14963号 判決

原告(反訴被告) 日月商事有限会社

右代表者代表取締役 木下次郎

右訴訟代理人弁護士 高木国雄

同 村田豊

同 寺崎昭義

右訴訟復代理人弁護士 濱田広道

被告(反訴原告) 東海興業株式会社

右代表者代表取締役 熊本宗悟

右訴訟代理人弁護士 栗林信介

同 由岐和広

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  反訴被告は、反訴原告に対し、金一億五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年九月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて、原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決は、第二・第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金六億円及びこれに対する昭和五九年七月一日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 主文第一項同旨

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴について)

一  請求の趣旨

1 主文第二項同旨

2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 反訴原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴について)

一  請求原因

1 株式会社龍伸興業(代表取締役具本堯、以下「龍伸」という。)は、株式会社コスモタウン(代表取締役纐纈三朗、以下「コスモ」という。)に対し、弁済期をいずれも昭和五九年九月二九日と定めて、次のとおり合計六億円(以下「本件貸金」という。)を貸し渡した。

(1) 昭和五八年二月一五日 五〇〇〇万円

(2) 同日 三億五〇〇〇万円

(3) 同年三月一〇日 三〇〇〇万円

(4) 同月一九日 一〇〇〇万円

(5) 同年四月九日 一〇〇〇万円

(6) 昭和五九年二月一八日 四〇〇〇万円

(7) 同日 三〇〇〇万円

(8) 同日 三〇〇〇万円

(9) 同日 四三〇〇万円

(10) 同日 七〇〇万円

2 龍伸とコスモは、右1の各消費貸借契約締結の際、利息を、(1)ないし(5)についてはいずれも年一二パーセント、(6)ないし(10)についてはいずれも年一五パーセントとすることを合意した。

3 龍伸は、昭和五九年三月一四日から同月二一日までの間に、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、本件貸金債権を利息債権とともに取立てのために譲渡した。

4 原告は、貸金業を営む有限会社であるが、昭和五九年四月四日、被告(反訴原告、以下「被告」という。)との間で、右1ないし3に基づくコスモの原告に対する債務を被告が六億円の限度で引き受け、かつ、その弁済期を同年六月三〇日とする旨の契約を締結した。

よって、原告は、被告に対し、債務引受契約に基づき、六億円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五九年七月一日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3の事実は知らない。

2 同4のうち、原告が貸金業を営む有限会社であることは認めるが、その余の事実は否認する。

三  抗弁

1 錯誤無効

(一) 被告は、請求原因4の契約(以下「本件契約」という。)締結当時、コスモがショッピングセンタービルである「コスモタウン白井ビル」(以下「白井ビル」という。)を建設するために緑川明や鈴木次郎らから賃借していた千葉県印旛郡白井町富士の土地(以下「白井土地」という。)に対するコスモの賃借権について、原告が賃貸人の承諾を得た担保権を有していなかったにもかかわらず、右担保権を有しているものと誤信していた。

(二) 被告は、本件契約締結に際して原告に対し、原告が有している右担保権を解除してもらってコスモの右賃借権を確保するために本件契約を締結する旨表示した。

2 詐欺取消し

(一) 原告は、本件契約締結に際して被告に対し、白井土地に対するコスモの賃借権について原告が賃貸人の承諾のある担保権を有していなかったにもかかわらず、右担保権を有しているので被告が六億円を支払えば右担保権を解除する旨告げて被告を欺き、その旨誤信させて、本件契約を成立させた。

(二) 被告は、昭和六三年三月四日の本件口頭弁論期日において原告に対し、本件契約を取り消す旨の意思表示をした。

3 停止条件

原告と被告は、本件契約締結の際、原告ないし龍伸がコスモに対する債権担保のため白井土地について有する各種の担保権、右債権担保のためにコスモが龍伸に預託したコスモの株券及び約束手形を全て被告に移転するか又は右担保権の登記を抹消することを本件契約の停止条件とする旨合意した。

4 一部弁済

被告は、原告に対し、本件契約に基づく債務の履行として、昭和五九年七月四日に五〇〇〇万円、同月五日に一億円(合計一億五〇〇〇万円)を支払った。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1(一)のうち、本件契約締結当時コスモが白井ビルを建設するために緑川らから白井土地を賃借していたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)の事実は否認する。

2 同2(一)の事実は否認する。

3 同3の事実は否認する。

4 同4の事実は否認する。原告は、「コスモタウン入間ビル」の建設に関して龍伸がコスモに貸し付け、原告が譲り受けた貸金債権の弁済として、コスモから昭和五九年七月四日に五〇〇〇万円、同月五日に一億円の支払を受けたものである。

五  再抗弁(重過失―抗弁1に対し)

1 被告は、土木建設業を主たる業務とする株式会社である。

2 被告は、賃貸人である緑川らに対し、白井土地に対するコスモの賃借権について龍伸ないし原告が担保権を有しているか否かを確認しなかった。

六  再抗弁に対する認否

1 再抗弁1の事実は認める。

2 同2の事実は明らかに争わない。

(反訴について)

一  請求原因

1 被告は、昭和五九年四月四日、原告との間で、白井ビル建設に関してコスモが原告に対し負担していた貸金債務六億円を被告が弁済する旨の契約をした。

2 被告は、原告に対し、右契約に基づき、右債務の一部弁済として昭和五九年七月四日に五〇〇〇万円、同月五日に一億円を支払った。

3 法律上の原因の不存在

(一) 錯誤無効

(1) 被告は、右契約締結当時、コスモが白井ビルを建設するために緑川明や鈴木次郎らから賃借していた白井土地に対するコスモの賃借権について、原告が賃貸人の承諾を得た担保権を有していなかったにもかかわらず、右担保権を有しているものと誤信していた。

(2) 被告は、右契約締結に際して原告に対し、原告が有している右担保権を解除してもらってコスモの右賃借権を確保するために右契約を締結する旨表示した。

(二) 詐欺取消し

(1) 原告は、右契約締結に際して被告に対し、白井土地に対するコスモの賃借権について原告が賃貸人の承諾のある担保権を有していなかったにもかかわらず、右担保権を有しているので被告が六億円を支払えば右担保権を解除する旨告げて被告を欺き、その旨誤信させて、右契約を成立させた。

(2) 被告は、昭和六三年三月四日の本件口頭弁論期日において原告に対し、右契約を取り消す旨の意思表示をした。

よって、被告は、原告に対し、不当利得返還請求権に基づき、一億五〇〇〇万円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日である昭和六三年九月二九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は否認する。本訴の抗弁4についての認否のとおりである。

3 同3について (一)(1)のうち、請求原因1の契約締結当時コスモが緑川らから白井土地を賃借していたことは認めるが、その余の事実は否認する。(一)(2)及び(二)の事実は否認する。

三  抗弁

本訴の再抗弁のとおり。

四  抗弁に対する認否

本訴の再抗弁についての認否のとおり。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴請求について

一  《証拠省略》によれば、コスモは、龍伸に対し、昭和五八年二月一五日付けで額面五〇〇〇万円、同年三月一〇日付けで額面三〇〇〇万円、同月一九日付けで額面一〇〇〇万円、昭和五九年二月一八日付けで額面四〇〇〇万円、同日付けで額面三〇〇〇万円及び額面四三〇〇万円の各約束手形を振出交付したこと、中部ショッピングセンタービル株式会社の昭和五八年二月一五日振出にかかる額面三億五〇〇〇万円の約束手形一通を交付したこと、昭和五九年九月二九日付けで額面が二〇〇〇万円と一〇〇〇万円と七〇〇万円の各小切手を振出交付したこと、本訴請求原因1に記載のとおりにコスモが龍伸から借入をしたこと及びその利息が年一二パーセントであることを認める旨の昭和五九年一〇月八日付け書面を提出したこと、以上の事実を認めることができる。

右認定事実によれば、本訴請求原因1の貸付の事実を推認することができる。もっとも、《証拠省略》によれば、昭和五八年三月一九日付けで振り出された額面一〇〇〇万円の約束手形の用紙は振出日より後の同年四月一三日に取引銀行から交付されていることが認められ、これによれば、右約束手形は同年三月一九日に振り出されたものではないことになる。しかし、《証拠省略》によれば、コスモが約束手形を振り出すに当たっては振出日を白地とすることがあったことが認められ、後日貸付日に合わせて振出日を補充したことも考えられるのであって、未だ右推認を妨げるものではないというべきである。

また、前記認定事実によれば、本件貸金に対する貸付利息は年一二パーセントであったことが認められるが、これを超えて年一五パーセントであったことを認めるに足りる証拠はない。

二  《証拠省略》によれば、原告は龍伸の系列会社であること、コスモは、龍伸に対し、龍伸がコスモの貸付債権者であることを表面に出さないように要請していて、昭和五九年二、三月頃龍伸との間で、本件貸金債権等は原告が取り立てることとする旨了解していたことを認めることができ、これによれば、本訴請求原因3の債権譲渡の事実を推認することができる。

三  原告が貸金業を営む有限会社であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告は、昭和五九年四月四日付けで、原告に対し、「協同住宅ローン株式会社(貸主)・株式会社コスモタウン(借主)・東海興業株式会社(保証)の三者間に於いて昭和五九年二月一三日付で締結した金銭消費貸借契約書並びに代理受領委任契約書に基づき弊社が一時預かる金額金六億円也を昭和五九年六月三〇日に日月商事有限会社へ返済する事を確約致します。」と記載された被告から原告宛の確約書を差し入れたことが認められ、これによれば、被告は、原告に対し、被告が協同住宅ローン株式会社からコスモの借入金六億円を代理受領した場合に当該六億円を原告に支払うことを約束したものであって、この約束により、原告に対して直接にその支払義務を負ったものというべきである。そして、右認定事実に前示一、二の認定事実を併せれば、本訴請求原因4の債務引受契約締結の事実を推認することができる。

四  そこで、本訴抗弁1(錯誤無効)について判断する。

1  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一) コスモは、ショッピングセンタービルの建設、企画等を主な業務とする株式会社であるが、白井土地を各所有者から賃借して同土地上に白井ビルを建設し、白井ビルのキーテナントに株式会社忠実屋(以下「忠実屋」という。)を迎えてショッピングセンタービルを経営する計画をたて、昭和五五年一一月四日、忠実屋との間で白井ビル賃貸借の予約契約書を交わす一方、白井土地の所有者である石井實や緑川明、鈴木次郎(その管理会社有限会社富士商事)、遠藤正吉らとの間で順次土地賃貸借契約を締結した。

(二) ところで、コスモは、白井ビル建設事業のほかに、コスモタウン入間ビル(以下「入間ビル」という。)、コスモタウン八千代ビル及びコスモタウン日高ビルの各建設事業を計画しており、入間ビルについても龍伸からの借入金によって建設用地を買収していた。そして、龍伸は、同用地について、原告の名義で昭和五七年五月二二日に債権額三億七八〇〇万円の抵当権設定仮登記及び所有権移転請求権仮登記等を、昭和五八年九月六日に債権額四億円の抵当権設定登記及び所有権移転請求権仮登記等をそれぞれしていた。

被告は、昭和五七年五月頃コスモから入間ビル建設工事の発注を受けて、コスモのショッピングセンタービル建設事業にかかわるようになったが、コスモから、右用地の取得資金の返済等に充てるため融資を受けるに際し保証人となってほしい旨依頼された。被告としては、龍伸や原告がいわゆる街金融業者であったので、その担保権等を消滅させて右用地の所有権を安定させることが右事業の遂行上必要であると判断し、コスモの右依頼を承諾した。そこで、コスモは、被告の連帯保証のもとに芙蓉総合リース株式会社や協同住宅ローン株式会社から融資を受けて龍伸らに対する右借入債務を返済し、原告名義の右各登記は昭和五七年八月一一日と昭和五九年三月一六日にそれぞれ抹消された。

(三) このように、コスモは、その事業を遂行するための自己資金を有しておらず、専ら他からの借入金に頼っており、白井ビル建設事業に関しても龍伸に対して多額の借入金債務を負担していた。コスモは、白井土地について昭和五八年二月一九日受付で賃借権設定登記をしていたが、龍伸は、白井土地に対するコスモの賃借権についても担保権を設定しており、同月二二日受付で右賃借権移転仮登記及び右賃借権の質権設定仮登記を受けていた。そして、この賃借権及び質権については、更に同年八月三日受付で原告に対する移転の仮登記がされていた。

被告は、白井ビルの建設についても請負工事の発注を受けており、龍伸からコスモに対する白井ビル建設関係の貸付金についても入間ビルと同様の方法で返済するように強く求められ、その返済がない場合には前記担保権を実行する旨ほのめかされていた。被告としては、入間ビルの場合と同様に、龍伸らの担保権等を消滅させ、コスモの借地権を安定させることが白井ビル建設事業の遂行上必要であると考え、龍伸らの求めに応じることとし、被告の連帯保証のもとにコスモが昭和五九年二月一三日協同住宅ローン株式会社から八億円の融資を受ける(ただし、融資金は被告がコスモに代理して受領する。)こととした。しかし、この融資金については、他の支払に充てる必要が生じたため、被告は、原告(龍伸)に対する返済をしばらく待ってもらうこととし、そのために前記確約書を原告に差し入れた。

(四) 右確約書に基づく六億円の支払期日は昭和五九年六月三〇日であったところ、被告は、同日の支払ができる見込みがなかったので、同日頃、原告に対し、右六億円を、同年七月二日に五〇〇〇万円、同月三日に一億円、同月一八日を目処に残金全額として支払うことを確約する旨並びにこの場合には前記賃借権移転仮登記等の抹消及びコスモが提供した一切の担保権の解除等を条件とさせてもらう旨記載した確約書を再度差し入れた。そして、被告は、同月四日に五〇〇〇万円、同月五日に一億円を原告に支払った(右支払の事実は当事者間に争いがない。)。

(五) 被告は、右一億五〇〇〇万円の弁済に伴い、取りあえずコスモから白井土地に対する賃借権を担保の趣旨で譲り受けることとして、昭和五九年九月二九日受付で右賃借権移転登記を受け、地主である緑川明方にその旨の挨拶に行ったところ、同人は、被告に対し、右賃借権の譲渡を承諾したことはなく、コスモに対して賃借権設定登記をしたこともないと説明した。そして、緑川ら白井土地の所有者は、直ちに右賃借権について処分禁止の仮処分命令を得るとともに(同年一〇月一二日及び同年一二月七日に右仮処分の登記がされた。)、龍伸、原告及び被告を相手方当事者としてコスモの賃借権設定登記の抹消及び右抹消についての承諾を求める訴えを提起した(東京地方裁判所昭和五九年(ワ)一四七九七号賃借権設定登記抹消登記等請求事件)。

右訴訟事件については、書証のほかに、コスモの代表取締役である纐纈三朗、取締役である柚井茂彦、龍伸の融資担当者である種市裕、鈴木幸子、有限会社富士商事の代表取締役である鈴木一男らの証人尋問等が実施され、昭和六三年三月三〇日、コスモの右賃借権設定登記は地主に無断でされたものであり、地主が右賃借権の譲渡を承諾したことは認められないと判断されて、右賃借権設定登記の抹消登記手続き及びその承諾を命ずる判決が言い渡された(なお、右判決に対しては龍伸らから控訴の申立てがあり、右判決は確定していない。)。

以上のとおり認めることができ(る。)《証拠判断省略》

2  右1の認定事実によれば、被告は、コスモとの間でショッピングセンタービル建設事業を推進するためには、いわゆる街の金融業者である龍伸ないし原告をこの関係から排除したいと考えていたことが窺われるところ、被告の連帯保証のもとにコスモに八億円もの融資を受けさせてその融資金を被告が代理受領し、これを原告に支払うという債務引受契約をしてまで龍伸ないし原告を排除しようとしたのは、白井ビルに関してはコスモの唯一の資産ともいうべき白井土地を目的とするコスモの賃借権に対して龍伸ないし原告が地主の承諾を得た担保権を有しているということであったからであって、単に龍伸ないし原告がコスモに対し多額の貸金債権を有していたというだけの理由では、被告が原告に対して右のような債務引受契約をすることは考えられないところというべきである。けだし、白井ビル建設に関しコスモと全面的に提携・協力していこうとする被告としては、白井土地に対するコスモの利用権(賃借権)が確保されることが前提であったことが明らかであるところ、龍伸ないし原告が右賃借権について前記のような担保権を有していたとすれば、その担保権が実行されることによってコスモが右賃借権を失うに至るおそれがあるから、これを防止する必要があったといえるが、龍伸ないし原告が単に貸金債権を有していたというだけでは、これに基づくコスモの賃借権に対する強制執行等も実際上は困難であり、また、被告においてもこれに対する適当な対策を講ずることは可能であって、直ちに右貸金債権の弁済をしなければ前記事業の遂行が困難になるというわけではないからである。そして、右1の認定事実によれば、請求原因4の六億円の債務引受契約をするに至る過程において、被告は、龍伸ないし原告に対し、龍伸ないし原告が白井土地のコスモの賃借権について地主の承諾を得た担保権を有しているのでその解除を求めるために右債務引受をするものであるとの動機を表示していたものと認めるのが相当である。

他方、右1の認定事実によれば、コスモ、龍伸、原告及び被告は、白井土地の地主からコスモの賃借権設定登記の抹消とこれについての承諾を請求する訴えを提起されて、この請求を認容する旨の判決を受けており、この判決は未だ確定してはいないものの、その証拠関係及び判決内容等に鑑みると、その判断が不相当であるということはできないのであって、このような状況下においては、龍伸ないし原告は、白井土地のコスモの賃借権について地主の承諾を得た担保権を有していなかったものと推認するほかない。

そうすると、被告は、前記六億円の債務引受契約を締結するに当たり、表示された動機の錯誤があったものというべきであり、かつ、右錯誤は要素の錯誤に当たると認めるのが相当であるから、右債務引受契約は無効であるといわざるをえない。

五  そこで更に、再抗弁について判断する。

再抗弁1(被告が土木建設業者であること)の事実は当事者間に争いがなく、同2(被告が地主に問い合わせをしなかったこと)の事実は、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。しかし、前記四1の認定事実によれば、コスモの賃借権については設定登記がされており、龍伸及び原告の右賃借権移転の仮登記もされていたのであるから、被告が土木建設業者であり、かつ、前記六億円の債務引受契約を締結するに当たり地主に対して問い合わせをしなかったとしても、これをもって重大な過失があったものということはできないし、他に被告が右四の錯誤をしたことにつき重過失があったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、再抗弁は理由がない。

六  以上によれば、原告の請求は失当として棄却を免れないものといわなければならない。

第二反訴請求について

一  請求原因1(六億円の弁済契約)の事実及び同2のうち被告が原告に対し昭和五九年七月四日に五〇〇〇万円、同月五日に一億円を支払ったことは、当事者間に争いがなく、前記第一の四1の認定事実によれば、被告は、右請求原因1の契約に基づく債務の一部弁済として右合計一億五〇〇〇万円の支払をしたものと認めるのが相当である。

原告は、右一億五〇〇〇万円は入間ビルの建設に関して龍伸が貸し付け原告が譲り受けた貸金債権の一部弁済として支払われたものである旨主張し、《証拠省略》中にはこれに副う部分があるが、右供述部分は、前記第一の四1の認定事実及び弁論の全趣旨に照らして採用することができないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

二  ところで、右契約が要素の錯誤により無効であることは、前記第一の四2及び五において説示したとおりである。そうすると、右一億五〇〇〇万円の支払は、法律上の原因がなくしてされたものというべきであって、これにより、原告は右一億五〇〇〇万円の利得をし、被告は右同額の損失を受けたものといわざるをえない。

三  以上によれば、被告の反訴請求は正当として認容すべきである。

第三結論

よって、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、被告の反訴請求は、理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 平手勇治)

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